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ADF2010.01 リリースノート  2010年9月

ADF2010.01では、分子系の励起状態の構造最適化やFranck-Condon解析による吸収・発光スペクトルなど光化学関連の機能がさらに強化されたことに
加え、3D-RISMによる溶媒効果の取り扱いや周期系の固体NMR計算など、数多くの機能追加・改良がなされています。また、COSMO-RSにおいても1800を超える標準的な化合物の表面電荷データベースが用意されるようになり、さらに使いやすくなりました。

Summary ADF2010.01 improvements

ADF
●機能追加
 ・励起状態の構造最適化
 ・吸収・発光スペクトルの振動構造
 ・振動ラマン光学活性(VROA)
 ・3D Reference Interaction Site Model (3D-RISM)
 ・正孔・電子移動度を算出するための電荷移動積分(charge transfer integral)の計算設定
 ・Transition State Reaction Coordinate (TSRC)を使用した遷移状態探索
 ・GrimmeのDFT-D3汎関数
 ・SCFの収束が難しい系のためのADIIS法
 ・縮退した状態の磁場による分裂を考慮したMCD C項
 ・Hybrid汎関数を用いたCDスペクトル
 ・必要な励起状態のみを選択したTDDFT
 ・subsystem TDDFT: 対象とする系を分割し、分割された部分ごとにTDDFTを行います。
  本手法は周辺環境を考慮するための手法であるFDEに基づいています。
●精度の改善
 ・ZORA法を用いたときのエネルギー1次微分と2次微分(振動数)
 ・(meta-)Hybrid汎関数およびHartree-Fockを用いたときの数値的安定性
 ・異なる補助基底関数の使用とdiffuse補助基底関数の追加
 ・COSMO法を用いたときのcavity構築時の数値的安定性
●メモリ使用量の改善
 ・並列計算時の”Shared Arrays”によるメモリ共有
ADF-GUI
●レンダリングの表示速度の改善
●分子の結合の描画スタイルの変更
●メニューコマンドの改善
●GUIモジュール間での分子構造のコピー&ペースト
●分子エディタ上でのXYZ座標またはSMILES文字列の貼り付けによる分子構造構築
●複数曲線表示に対応したグラフ表示画面
●ADFの多くの新機能への対応
BAND
●COSMO法による溶媒効果
●NMR遮蔽定数
●経験的な分散力補正を行ったGrimmeのDFT-D3汎関数
●原子数の増加に伴う計算コスト増大を改善するための”Divide and Fit”法
●基底関数のオンザフライ計算のためのDirectオプション
●補助基底関数のより自由な選択
BAND-GUI
●メニューコマンドの改善
●GUIモジュール間での分子構造のコピー&ペースト
●分子エディタ上でのXYZ座標の貼り付けによる分子構造構築
●BANDの多くの新機能への対応

COSMO-RS
COSMO-RSデータベース「ADFCRS-2010」が用意されました。本データベースには多くの標準的な化合物のDFT計算の結果が収録されているため、計算コストのかかるDFT計算部分をユーザ側で計算する必要がなくなり、COSMO-RSの計算が使いやすくなりました。また、COSMO-RSの計算において高速な近似手法が実装されました。より精度の高い結果を得るために、ADFでCOSMOファイルを作成する際の推奨設定が変更されました。COSMO法におけるcavity構築時の数値的安定性が向上しました。COSMOファイルを得るための推奨設定がADF-GUI上で簡単に行えるようになっています。また、COSMO-RS GUI上で多くの化合物を扱うときの設定が改善され、使いやすくなりました。

詳細

ADF: Excited state (geometry) optimizations

励起状態の構造最適化機能が実装されました。本機能で必要となる励起状態のエネルギー解析1次微分の計算は、基底状態のエネルギー解析1次微分に対応しているDFT汎関数においてのみ計算可能です。本機能では、励起状態のエネルギー1次微分を求めるために、励起エネルギーの1次微分と基底状態のエネルギー1次微分の両方が計算されます。励起状態のエネルギー1次微分は、基底状態のものと同じように使用することが可能で、計算タイプの指定は基底状態と同じように行うことができます。

現在使用可能な計算タイプは以下の通りです。
 ・構造最適化
 ・数値的2次微分計算による振動数計算
  (解析2次微分(ANALYTICALFREQ)には対応していません)
 ・Linear transit
 ・遷移状態探索
 ・IRC計算(本機能は現時点では十分なテストがなされていません)

ADF: Vibrationally resolved electronic spectra

電子励起(Uv/vis, X-ray)に関する振動の影響を計算するためには、まず、基底状態と励起状態の両方の最適化構造で振動数計算を行う必要があります。次に、2つの状態間の遷移確率を求めるために、得られた振動数計算の結果からFCFプログラムでFranck-Condon因子を算出します。Franck-Condon因子は、吸収・発光スペクトルの振動構造の予測や、遷移確率の相対強度の比較に使用できます。FCFプログラムではHerzberg-Teller項の計算には対応していません。

ADF: (Resonance) vibrational Raman optical activity (VROA)

共鳴および非共鳴の振動ラマン光学活性(VROA)を計算するTDDFTベースの手法が実装されました。

ADF: 3D Reference Interaction Site Model (3D-RISM)

3D-RISM-KH*は各溶媒サイトの3次元分布関数で溶媒の配置を考慮し、溶媒が溶質分子に及ぼす影響を評価します。この方法は、計算コストを抑えつつ、純物質あるいは混合物中の溶質分子に対して、その熱力学物性、電子状態、溶媒和構造を計算することができます。3D-RISMを使うことで、化学反応・反応座標・遷移状態の計算において第一原理的に記述された溶媒効果を考慮することができます。

*three-dimensional reference interaction site model with the closure relation by Kovalenko and Hirata

ADF: Calculation of charge transfer integrals made easy (transport properties)

ADFでは電荷移動度を直接算出することはできませんが、Marcus理論に基づいて移動度を算出する際に必要となるcharge transfer integralなどの計算が可能です。ADFではフラグメント軌道を使用した直接法と呼ばれる方法でtransfer integralなどの必要な計算を行います。これらの計算設定と出力ファイルが改善され、使い勝手がよくなりました。

ADF: Transition State Reaction Coordinate (TSRC)

遷移状態探索において反応座標を指定する機能が追加されました。本機能は、正確なヘシアンが利用できない場合に特に有効です。ユーザ指定された反応座標に沿って遷移状態が探索されます。反応座標は、結合長・結合角・二面角での指定や、各原子のxyz座標を指定することで定義します。

ADF: Grimme’s DFT-D3 Functionals

Stefan Grimmeの最新の分散力補正汎関数が実装されました。こちらの分散力補正汎関数は、ミュンスター大学でGrimmeと彼の共同研究者によってDFT-D3と呼ばれています。

ADF: ADIIS to solve problematic cases for SCF convergence

SCFの収束が難しい系のためのA-DIIS法が実装されました。ADIIS法はEnergy-DIIS法と似たような形でSCFの収束を行いますが、ADIIS法では全エネルギーの計算が必要なく、その分だけEnergy-DIISより高速です。

ADF: MCD C terms related to spatially degenerate states

MCD C項の計算において縮退した状態の磁場による分裂が考慮できるようになりました。

ADF: hybrids for CD spectra

CDスペクトルがHartree-FockとHybrid汎関数を用いた計算に対応しました。

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ADF: Select range of excitation energies

TDDFTで励起エネルギーを計算する場合、コアの励起エネルギーなど、使用する占有軌道と空軌道の一部だけを考慮することにより計算コストを削減することが可能です。そのような方法の1つとして、注目する占有軌道と空軌道だけをユーザ側が選択して計算することが可能です。この方法では、例えばコアの励起を対象とする場合、すべての1電子励起を考慮した配置空間がコアの励起だけの配置空間に削減されます。もう1つの方法としては、占有軌道と空軌道の軌道エネルギー差に閾値を設定し、閾値以下の軌道のペアのみを考慮することができます。後者の方法はADF2010で実装されました。これらの2つの方法はスピン軌道相互作用を考慮した計算でも使用可能です。

ADF: Subsystem TDDFT: coupled FDE for excitation energies

周辺環境を考慮するための手法であるFDE法に基づくsubsystem TDDFTが実装されました。この方法では、対象とする系を分割し、分割された部分ごとにTDDFT計算を行います。この際、分割された部分ごとの応答(周辺環境として定義された領域を含む)を考慮することができます。

ADF: gradients and frequencies ZORA improved

ZORA法の計算には、エネルギーとポテンシャルの表式に非常に小さな不整合があります。このため、力の値が0になる構造とエネルギー最小値を与える構造が完全には一致しません。この差は非常に小さなものですが、0.001 Angstromより小さな値を評価する場合に無視できなくなります。ADF2010では、このエネルギーとポテンシャルの不一致が改善され、0.0001 Angstromまでの評価が可能になりました。また、解析2微分による振動数計算がQZ4P基底と重元素の場合に改善されています。

ADF: Numerical stability (meta-)hybrids and Hartree-Fock improved

Hartree-Fock行列要素の計算の数値的安定性が向上しました。

ADF: possibility to use a different fit set or add extra diffuse fit functions

ADFの基底関数ファイルに付属する補助基底関数よりもサイズの大きなものを使用できるようになりました。さらに、diffuse補助基底関数も追加できるようになりました。

ADF: COSMO cavity construction numerically made more stable

COSMO法のcavity構築時の数値的安定性が向上しました。この安定性の向上は、近接する分子表面のグリッド点を統合し、表面グリッド点に近接した積分グリッド点が計算結果へ与える影響を削減することによって実現されています。

ADF: Shared arrays on shared memory systems in case of parallel calculations

共有メモリの使用が可能な場合、ADF2010では”shared arrays”を使用することにより、並列計算時に使用されるデータ配列の一部が同一ノード上のプロセス間で共有されるようになりました。これにより、各ノード上で1つのデータ配列のみが使用されるため、各ノード上の使用メモリ容量の総量が削減されます。こちらの”shared arrays”は”distributed arrays”とは異なります。

ADF-GUI: Speed

大きい分子(多数の原子と結合を持つ)を表示した場合のレンダリングの表示速度が大幅に改善されました。これにより、基準振動モードの表示もより効率的になりました。今回の表示速度の向上は、タンパク質や多くの溶媒分子を配置したモデル系を扱う場合などに非常に有効です。

ADF-GUI: Bond Style

分子の結合の描画スタイルが変更され、より見栄えがよくなりました。また、結合作成にかかる時間も削減されています。

ADF-GUI: Menu commands improved

ADFinputのメニューが改善され、より使いやすくなりました。描画エリアのポップアップメニューと同一の内容がウィンドウ上部のメニュー(Select, Atoms, Bonds)から選択できるようになりました。

新バージョンでは、[Atom Inspector]パネルはメニューのAtoms -> Detailsから選択できます。

ADF-GUI: Copy-Paste between GUI modules

作成した分子構造のコピー&ペーストがGUIモジュール間で行えるようになりました。これにより、以前のバージョンでも可能であった同一ウィンドウ上でのコピー&ペーストだけでなく、異なるウィンドウ間でのコピー&ペーストが可能です。例えば、複数起動したADFinput間や、ADFinputからBANDinputへの分子構造のコピー&ペーストが可能です。

ADF-GUI: Paste XYZ or SMILES in molecule editor

xyz座標の貼り付けによる分子構造の構築に対応しました。xyz座標を分子エディタに貼り付けることで、分子構造が自動的に構築されます。
また、SMILES文字列の貼り付けによる分子構造の構築にも対応しました。ADFinputではOpenBabelを使用してSMILES文字列をxyz座標に変換し、その結果を読み込みます。SMILES文字列の3次元座標への変換は多くの場合に上手くいきますが、複雑な構造に関してはOpenBabelの座標変換が適切な構造を与えないことがあります。

ADF-GUI: Multiple curves in graphs

ADFmovieのグラフ表示において、複数の計算結果を同一グラフ上に描画できるようになりました。例えば、同一グラフ上で複数の結合角データが表示できます。

ADF-GUI: Support for most (new) ADF features

TSRC、励起状態の構造最適化、Franck-Condonスペクトルなど、ADFの多くの新機能に対応しました。

BAND: COSMO solvation model

COSMO法による溶媒和モデルがBANDでも使用できるようになりました。ADFで使用されるのと同一の表面電荷が周期系の対称性に合わせて使用されます。

BAND: NMR

NMR遮蔽定数の計算がBANDで行えるようになりました。

BAND: Grimme’s DFT-D3 Functionals

Stefan Grimmeの最新の分散力補正汎関数が実装されました。こちらの分散力補正汎関数は、ミュンスター大学でGrimmeと彼の共同研究者によってDFT-D3と呼ばれています。

BAND: fit method

BANDでは今まで電子密度の”global fitting”を行っていました。新バージョンでは”Divide and Fit”と呼ばれる別のフィッティング手法が実装され、原子数の増加に伴う計算コストの増大が改善されています。この手法は上述の”Shared Arrays”の使用と組み合わせることでメモリ使用量の削減も実現されています。

BAND: direct option

BANDのデフォルト設定では、計算中に基底関数と補助基底関数のデータをスクラッチファイルとして保存します。新バージョンでは、スクラッチファイルを使用せずにオンザフライで基底関数を計算するdirectオプションが用意されました。directオプションでは、ハードディスクのIO時間を削減する代わりにCPU時間をより多く使用します。全体の計算時間が削減されるかは計算のタイプに依存します。

BAND: flexible fit specification

基底関数のサイズとは独立して補助基底関数のサイズを選択できるようになりました。たとえば、DZ基底関数の使用時にQZ4Pの補助基底関数を使用することができます。

BAND-GUI: Menu commands improved

BANDinputのメニューが改善され、より使いやすくなりました。描画エリアのポップアップメニューと同一の内容がウィンドウ上部のメニュー(Select, Atoms, Bonds)から選択できるようになりました。

BAND-GUI: Copy-Paste between GUI modules

作成した分子構造のコピー&ペーストがGUIモジュール間で行えるようになりました。これにより、以前のバージョンでも可能であった同一ウィンドウ上でのコピー&ペーストだけでなく、別のウィンドウ間でのコピー&ペーストが可能です。例えば、複数起動したBANDinput間や、BANDinputからADFinputへの分子構造のコピー&ペーストが可能です。

BAND-GUI: Paste XYZ in molecule editor

xyz座標の貼り付けによる分子構造の構築に対応しました。xyz座標を分子エディタに貼り付けることで、分子構造が自動的に構築されます。

BAND-GUI: Support for most (new) BAND features

NMRなど、BANDの多くの新機能に対応しました。

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COSMO-RS: COSMO-RS Database ADFCRS-2010

COSMO-RSデータベース「ADFCRS-2010」が用意されました。本データベースには1892の化合物を含みます。本データベースはADFのCOSMOファイル(.coskf)からなり、ADFのCOSMO法を使用したDFT計算の結果がCOSMO-RS計算の推奨設定に基づき得られています。化合物の構造はADFで最適化されています。本データベースにより、計算コストのかかるDFT計算部分をユーザ側で計算する必要がなくなりますので、COSMO-RSの計算がさらに使いやすくなっています。

COSMO-RS: Fast approximation introduced for COSMORS calculations

1998年に発表されたCOSMO-RS法では、分子表面の各セグメントは、電荷密度σvに加えて、第二電荷密度σv⊥をもつと定義されています。後者は、周囲のセグメントの電荷密度との相関性を表す記述子とされています。これまでのADF COSMO-RSでは、σv⊥を2次元問題として取り扱っていましたが、1次元問題に近似することで高速化を実現しました。COSMO-RS 2010からは、この近似をデフォルトで使用します。これにより、複数化合物を取り扱う場合に、計算時間が大幅に減少します。

COSMO-RS: Accuracy ADF COSMO result files improved

ADFのCOSMO計算の推奨設定がより高精度になりました。原子番号が36までの元素にはTZPのsmall core基底が使用され、原子番号が37以上の元素にはTZ2Pのsmall core基底が使用されます。また、相対論はZORA法のscalar relativisticが使用され、積分精度の設定は6が使用されます。ただし、DFT汎関数はBecke Perdew (BP)が前回と同様に使用されています。なお、COSMO法におけるcavity構築時の数値的安定性が向上しています。

COSMO-RS: GUI improved to handle many compounds

GUI上で多くの化合物を扱うときの設定が改善されました。ADFviewによるCOSMO表面電荷の表示も簡易化されています。また、チュートリアルの例題が追加されました。

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