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ADF2012.01 リリースノート  2012年2月

ADF2012.01では、分子系では開殻分子のゼロ磁場分裂や常磁性NMR化学シフトなど磁気物性関連の機能が強化されたことに加え、non-self-consistent Green’s function法の搭載やSCRF法の機能が拡張されるなど、これまでは取り扱えなかった周辺環境(二つの電極にはさまれた単一分子や溶液中のタンパク質環境など)を考慮した計算が可能になっています。また、周期系では格子ベクトルの最適化計算やフォノン分散スペクトル、調和振動子近似に基づく熱力学物性の計算ができるようになりました。今回より新製品としてリリースするタイトバインディングDFT計算プログラム「DFTB」のほか、MOPAC, ReaxFF, COSMO-RSモジュールについても多くの機能追加・改良がなされています。

Summary ADF2012.01 improvements

ADF
〇機能追加
 ・輸送特性: non-self-consistent Green’s function計算
 ・スピン軌道相互作用によって誘起される基底状態のゼロ磁場分裂
 ・摂動論によるスピン軌道相互作用を考慮したESR gテンソルとAテンソル
 ・常磁性NMR化学シフト
 ・状態指定による励起エネルギーを求めるための新しい最適化方法
 ・VSCRF (vertical excitation self-consistent reaction field)
 ・新しいSCRF法による溶媒効果とタンパク質環境の考慮
 ・交換相関汎関数の追加: revTPSS, HTSB, Grimme-D3-BJ, dDsC
〇解析オプション
 ・MetaGGAおよびMetaHybrid汎関数によるエネルギー分割解析
 ・ハイブリッド汎関数使用時のエネルギー分割解析の改善
 ・AIM (atoms in molecules)理論による定常点と結合の道筋の算出と描画
 ・開殻系のNBO解析
〇精度の改善
 ・新しいSCFの収束法 LISTiの搭載
 ・改善された構造最適化ルーチン(遷移状態探索を含む)
BAND
 〇格子ベクトルの最適化、スピン軌道相互作用を考慮した構造最適化
 〇フォノン分散曲線と熱力学特性の計算
 〇QT-AIMトポロジー解析による定常点の算出
 〇内挿法によるバンド構造の平滑化
 〇解析微分によるNMR遮蔽テンソルの計算
 〇一様な静電場をかける機能の追加
 〇交換相関汎関数の追加: Grimme-D3-BJ, GGA+U, HTBS, revTPSS, TB-mBJ
 〇各種高速化
DFTB
〇オリジナルコードからの大幅なアップデート(新モジュールとしてリリース)
〇計算方法
 ・Self-consistent charge (SCC)法とthird-order (DFTB3) self-consistent charge法
 ・分散力補正
〇機能
 ・周期系と非周期系への対応
 ・格子定数の最適化
 ・分子動力学: Velocity Verlet法、Berendsen法またはスケーリング法による温度制御
 ・フォノン計算
 ・各種高速化とメモリ消費量の削減
 ・プログラムの並列計算対応
〇解析オプション
 ・状態密度とバンド構造
ReaxFF
〇反応動力学計算中に結合の生成・解裂を止める機能
〇水素結合判定における閾値設定
GUI
〇すべての入力設定用モジュール(ADFinputやBANDinputなど)の統合
〇DFTB, UFF, MOPAC計算用のGUI
〇ユーザインターフェースの各種デザイン変更
〇検索ツールの追加: 入力設定モジュールのパネル、各種マニュアル、分子のデーターベースからキーワード検索
〇フォノンスペクトル、ベクトル場、テンソルの可視化
〇KF (Keyed File) 閲覧ブラウザの追加
〇描画の高速化とその他各種改良
COSMO-RS
〇COSMO-SAC法の実装
〇3成分系の物性計算、組成・物性値の内挿補間、引火点の計算
〇MOPACのPM6法を用いたCOSMOファイルの作成
PyMD
〇新モジュールPyMD(各計算エンジンへのPythonインターフェース)
〇ミクロカノニカル、カノニカルアンサンブルに対応したMDシミュレーション
〇マルチスケールMDシミュレーション
〇Biased MDシミュレーション
Documentation
〇マニュアル資料の統合
〇チュートリアル資料の統合

詳細

ADF: transport properties: non-self-consistent Green’s function calculation

両端が半無限の電極モデルではさまれた分子の状態密度(DOS)と透過係数が計算できるようになりました。本計算はnon-self-consistent Green’s function法に基づいています。本機能は現時点ではエキスパート向けです。

ADF: zero-field splitting (ZFS)

基底状態のスピン量子数Sが1/2より大きくかつその空間軌道に縮退がない分子が示すゼロ磁場分裂(ZFS)が計算できるようになりました。このタイプのZFSは2次のスピン軌道相互作用とスピンスピン結合の2つの寄与からなります。今回の実装では、スピン軌道相互作用だけを考慮しています。

ADF: ESR g-tensor and A-tensor: perturbative spin-orbit coupling

これまでのバージョンはESR gテンソルとAテンソルの計算においてスピン軌道相互作用を変分法に基づいて考慮していましたが、本バージョンよりスピン軌道相互作用を摂動論でも考慮できるようになりました。

ADF: paramagnetic NMR chemical shifts

開殻系分子のESR gテンソルとAテンソルはある近似式に基づいて常磁性NMRシフト(pNMR) を計算するのに用いることができます。現在、pNMR計算の手順はADFのマニュアルには記載されていません。以下の論文にADFを使用したpNMRコンタクトシフトと擬コンタクトシフトを計算する方法が記載されています。

 J. Autschbach, S. Patchkovskii, and B. Pritchard,
 Journal of Chemical Theory and Computation 7, 2175 (2011)

ADF: state selective optimization excitation energies

本手法では軌道遷移の初期ベクトルを与える必要があります。重なりを判定条件として望みの固有ベクトルが求められます。

ADF: VSCRF (vertical excitation self-consistent reaction field)

VSCRFは電子状態間の吸収/発光遷移エネルギーの計算において溶媒効果(高分子環境を含めることも可能)を考慮するための方法です。

ADF: SCRF and a protein environment

溶媒効果を考慮するためのSCRF (self-consistent reaction field)法に酵素活性部位周辺のタンパク質のような巨大分子環境を古典的に記述する機能が追加されました。

ADF: hybrid, metaGGA and metahybrid energy decomposition analysis

Hybrid, MetaGGA, MetaHybrid汎関数を使用した時のエネルギー分割解析において、パウリの交換反発項が計算されるようになりました。本機能はUnrestrictedフラグメントを用いた場合にも有効です。また、Hybrid汎関数を使用した場合、軌道相互作用エネルギー項に対するHF交換項の寄与が軌道の対称性ごとに分割されるようになりました。

ADF: SCF convergence method LISTi

新しいSCFの収束法としてLISTiが実装されました。LISTiの特長の1つとして、並列計
算に適したアルゴリズムであることが挙げられます。

ADF: improved geometry and Transition State optimizer

極小構造と遷移状態構造の探索に用いられる構造最適化ルーチンが改善されました。改善されたルーチンはより収束が速く、より安定しています。

ADF and BAND: AIM critical points and bond paths

AIM理論による電子密度の定常点と結合の道筋を計算する機能が追加されました。計算結果はGUI上で可視化できます。

ADF and BAND: XC functionals

以下の汎関数が追加されました。
〇Grimme-D3-BJ (ADF and BAND), dDsC (ADF): 分散力補正がなされている汎関数です。
〇HTBS (ADF and BAND): GGAに分類される汎関数です。
〇revTPSS (ADF and BAND): metaGGAに分類される汎関数です。
〇LDA+U and GGA+U (BAND): 通常のDFT汎関数では過小評価してしまうバンドギャップを改善するために用いられる汎関数です。本汎関数はUパラメータを指定して使用します。
〇TB-mBJ (BAND):バンドギャップ改善を目的に作成されたモデル汎関数です。

BAND: Optimizations: lattice vectors, spin-orbit coupling

BANDによる周期系の計算において、格子ベクトルに作用する力の計算が数値的に行えるようになりました。また、スピン軌道相互作用を考慮した力の計算も可能になりました。

BAND: Calculation of phonon dispersion curves and related thermodynamic properties

周期系において平衡点近傍の原子核の振動はフォノンと呼ばれる格子振動を引き起こします。新しいBANDの機能では、調和振動子近似に基づいてフォノン分散を数値微分で計算できるようになりました。調和振動子近似の範囲内で、分配関数の計算、およびその値から各種熱力学特性(比熱や自由エネルギーなど)が計算できます。本実装は1次元と2次元周期境界条件にも対応しています。

BAND: Interpolation of the band structure for smooth plots

バンド構造の計算においてブリルアンゾーン内のk点を内挿法で補間する機能が追加されました。

BAND: Fully analytical NMR shielding tensor

周期系のNMR計算機能が改善され、核磁気モーメントと外部磁場の解析微分で計算できるようになりました。

BAND: Static homogeneous electric field

1次元と2次元周期系において、外部電場を指定した計算ができるようになりました。

BAND: Speed-ups

以下の計算部分が高速化されました。
・重なり積分
・ドット積
・COSMO溶媒和モデル使用時のエネルギー勾配(力)
・CSOMO計算で使用される表面電荷ポイントの発生
・スピン軌道相互作用

DFTB: Self-consistent charge (SCC) and third-order (DFTB3) self-consistent charge

新バージョンのDFTBは中程度の電荷移動が決定的な寄与を持つ分子系を取り扱えるようにSelf-Consistent Charge (SCC)法をサポートしました。また、3次補正項までを考慮した計算により以下の3つに対応しました。
 ・電荷依存のHubbardパラメータ
 ・self consistent計算部分のより柔軟な取り扱い
 ・水素原子を含む部分電荷間のクーロン相互作用項の評価の改善
さらに、Non Self-Consistentな取り扱いも可能で、中程度の電荷移動による効果が無視できる分子系では計算コスト削減のために使用することができます。

DFTB: Dispersion correction

全エネルギー計算において長距離相互作用を考慮するために、経験的な力場であるUniversal Force Field(UFF)によるC6/C12ポテンシャルの分散力補正をSCC計算の結果に追加できるようになりました。

DFTB: Molecular dynamics with Velocity Verlet; Berendsen and Scaling thermostats

DFTBはVelocity Verletアルゴリズムに基づく分子動力学計算に対応しました。また、定温分子動力学計算のために2つのサーモスタットに対応し、Berendsenのサーモスタット (原子ごとの運動エネルギーに局所的に、または系全体の運動エネルギーに大域的に作用) と温度スケーリングのサーモスタットが使用できます。分子動力学計算では、原子の初速度としてランダム、ゼロ、またはユーザ指定の速度を設定することが可能です。また、リスタートファイルのためのチェックポイントファイルの指定や各種プロパティ計算に必要となる系のトラジェクトリーの保存が可能です。

DFTB: Evaluation of periodic and non-periodic systems

周期系と非周期系(分子系)の両方が取り扱えるようになりました。電荷の計算もnon Self-consistentとSelf Consistentな取り扱いの両方に対応しています。ただし、3次補正項は周期系には対応していません。周期系では、一点計算、構造最適化計算(QuasiNewton法を使用)、分子動力学計算、フォノン計算に対応しています。構造最適化は格子定数に対しても実行可能です。周期系ではバンド構造や状態密度が計算され、GUIによる可視化にも対応しています。

DFTB: Performance improvement

新バージョンのDFTBは計算速度やメモリ使用量において大幅な改善が行われました。並列化やpseudo-diagonalizationによる高速化がなされています。取り扱える系のサイズは利用できるメモリ容量によって制限されます。

ReaxFF: Non-reactive iterations

反応分子動力学の緩和過程などの初期段階において反応を起こさないように結合の生成と解裂を止める機能が追加されました。本機能はReaxFF-GUIから簡単に設定できます。

ReaxFF: Threshold for counting hydrogen bonds

ReaxFF計算においてhbondでカウントされる水素結合の判定条件としてエネルギー値による閾値設定ができるようになりました。デフォルトの閾値は0.1 kcal/molで、hbthrパラメータで指定して変更できます。

GUI: merge of ADFinput, BANDinput, and ReaxFFinput

すべての入力設定用モジュール(新しいDFTBinputを含む)が一つに統合されました。統合されたGUIでは各プログラムの計算設定や結果の可視化をシームレスに行えます。

GUI: DFTB, UFF, Mopac

DFTB, UFF, MOPACの計算設定において、周期境界条件を1〜3次元まで選択できるように大幅に改善されました。

GUI: User interface redesign

新しく一つに統合されたADFinputでは、パネルメニューから各計算エンジン(ADF, BAND, DFTB, MM, Mopac, Open Babel, QM/MM, Quild, ReaxFF, UFF)の入力設定モジュールが選択できるようになっています。現在選択されているモジュール以外の入力設定はジョブ投入時には無視されます。

GUI: Search options: panels, documentation, and molecules

ADFinputに検索機能が追加され、ADFinputのパネルとADFのユーザガイド内をキーワード検索できるようになりました。また、本検索機能により35,000個の分子データベースから分子構造を検索することもできます。この分子データベースにはCOSMO-RSのデータベースに収録されているADFで構造最適化済みの1892個の分子構造が含まれています。

GUI: Phonon spectra, vectorfields, tensor visualization, AIM

以下の機能が追加されました。
・フォノンスペクトルの描画
・ベクトル場の表示: ADFviewのFields -> Calculatedより任意のスカラー場を選択することで、その勾配(ベクトル場)を計算し、可視化するこ
とができます。例えば、ADFviewのFields -> Calculatedより電場(静電ポテンシャルの勾配)を計算し、Add -> Vector Fieldで電場を可視化できます。
・ADFviewのPropertiesメニューからテンソル量の可視化
・ADFview上でAIM理論による定常点と結合の道筋の可視化

GUI: KF browser added

現在マニュアルにはほとんど記載されていませんが、KF (Keyed File)ファイルを閲覧するためのブラウザが追加されました。KFブラウザでは、.t21や.runkfファイルのようなkfファイルを閲覧することができます。

GUI: speed-up and other improvements

高速化とその他の改良点は以下のとおりです。
・結合判定機能の改善
・指定したカメラ位置の情報を保存する機能
・立体効果
・スライダーを使った分子内部座標の変更(この際、最も小さいグループの座標が移動します)
・QM/MM設定の改善:タンパク質構造のハンドリング、Amber力場の自動アサイン
・ADFjobs: 実行中のジョブ監視の改良
・レンダリング表示の高速化

PyMD: New python interface for adaptive QM/MM and metadynamics

PyMDはADFの各モジュールで計算されたエネルギーと力の値を利用してマルチスケールの分子動力学(MD)シミュレーションを行うためのPythonパッケージです。本パッケージには以下の機能があります。

〇ミクロカノニカル、カノニカルアンサンブルに対応したMDシミュレーション。利用可
能な力の値としてADFの以下のモジュールと外部プログラムのNAMDに対応:
・ADF
・BAND
・DFTB
・MOPAC
・REAXFF
・UFF
〇マルチスケールMDシミュレーション:
・IMOMM (Integrated Molecular Orbital and Molecular Mechanics)法
・link-atomsの使用
・2種類以上の計算レベルに対応
・Adaptive QM/MM法(定義した反応サイト内でのQMからMMへの(またはその逆の)
計算レベルの接続を分子間の距離に応じて段階的に変える方法)
〇Biased MDシミュレーション
・拘束条件の適用
・メタダイナミクスの使用
・外部ライブラリPLUMED(各種の自由エネルギー計算方法をサポート)とのインターフェースを提供

COSMO-RS: COSMO-SAC implementation

ADFのCOSMO-RSプログラムはCOSMO-SAC法を使って活量係数を計算できるようになりました。実験値が与えられない場合はCOSMO-SAC法ではなくCOSMO-RS法によって純物質の蒸気圧が計算されるため、活量係数のみCOSMO-SAC法によって計算されます。COSMO-SACで使用されるパラメータはADFのCOSMOファイルには現時点では再最適化されていません。

COSMO-RS: Ternary mixture, Composition Line, Flash points

〇Ternary mixture (VLE/LLE)
COSMO-RSモジュールでは3成分系の組成を振った物性計算が自動的に行えるようになりました。

〇Solvents s1 – s2 Composition Line
COSMO-RSモジュールでは溶媒1と溶媒2の混合組成を振った物性(活量係数、過剰エネルギーなど)の計算において内挿補間できるようになりました。

〇Flash points
COSMO-RSモジュールでは混合物の引火点が計算できるようになりました。ただし、純物質の引火点の計算には対応していません。

COSMO-RS: MOPAC PM6 COSMO files

ADF-GUI上でMOPACを使用したCOSMO計算が設定できるようになりました。いくつかのCOSMO-RSパラメータはMOPACのPM6法で計算したCOSMOファイルに再最適化されています。

COSMO-RS: Technical

その他の技術的な変更点は以下のとおりです。
・質量分率とモル分率の指定に対応しました。
・混合物の過剰エンタルピーの計算においてギブス-ヘルムホルツの式が使用されるようになりました。
・蒸発エンタルピーの計算においてクラウジウス-クラペイロンの式が使用されるようになりました。
・ADF-GUI上でのADFのCOSMO法を使用した計算において、COSKFファイル(.coskf)が自動的に作成されるようになりました。
・COSMO-RS GUIに物性計算を実行・停止するボタンが追加されました。
・精度に関係するいくつかの設定が調整されました。

Documentation

これまで別々に提供されていた下記の全てのドキュメントがADFマニュアル (ADFUsersGuide.pdf)として1つに統合されました。
・Properties.pdf (NMR, EPR, van der Waals dispersion coefficients, Franck-Condon factors)
・Analysis.pdf (Preparing plot data, plotting, DOS, NBO, AIM)
・Utilities.pdf (Scripting with ADF, binary KF files, atomic Dirac program)
・Theory.pdf (Muliplet energies)
・BasissetsSummary.pdf

また、各モジュールごとに別々に提供されていたGUIの全てのチュートリアル(ADF, BAND, DFTB, MOPAC, ReaxFF, COSMO-RS)も1つのGUIチュートリアルのドキュメント (GUI_tutorial.pdf) として統合されました。さらに、GUIレファレンスマニュアル (ADF, BAND, DFTB, ReaxFF, and COSMO-RS) とADF-GUIクイックレファレンスマニュアルが1つのドキュメント(GUI_reference.pdf)として統合されています。

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